カテゴリ:レクチャー( 26 )

2年ぶりのOYOYOツアー in 美唄 … 後編

最後の訪問地はOYOYOらしく、「アルテピアッツァ美唄」(以下、アルテ)。

d0246751_21391224.jpg

d0246751_21394191.jpg

(撮影:國生隆司)

中の様子などはどうでもよろしい。
ここでは特別に、NPOアルテピアッツァびばいの方からお話を聞く場が設けられました。

d0246751_2141988.jpg

d0246751_21421420.jpg

(撮影:杉崎英利)

メインスピーカーは美唄市副市長だった坂東知文氏。
行政の立場から、構想段階から現在まで直接・間接にアルテに携わってきたお話を聞きました。

ここからは私の感想です。

美唄市にとってアルテとは何なのか、小さい自治体が巨費をかけてここを整備することの意味は?

旧産炭地域は炭鉱という主産業が崩壊した後、何に活路を求めたのか。
あるものはテーマパークに走りあるものは巨大な箱物に走った。
でもそこにはアイディアはあっても理念がなかった。

美唄市にとって幸運だったのは安田侃(やすだかん)という人物がいたこと。
郷土を作るのテーマパークでも箱物でもなく人だという当たり前のことから出発している。

安田侃という人がいて廃校という場所があって、さてどうするというときにあったのが理念。

それは美唄に住む人や住んでいた人が心の拠りどころにできるものを作ろう、
いつまでも未来に残すために質の高い空間を作ろうという想い。

安田氏も、そこに絡んだ行政も最初の理念から外れることがなかった
質を重視する、数に走らない、理念から外れたことはしない。

それをただ愚直に、長年にわたってコツコツと続けてきた。
それが今のアルテにつながっている。

運営は厳しいものがあるそうですがそれでも基本姿勢は崩さない。
展示会やイベントも基本理念に合わないものは断るという。
目先のことに捕らわれないその姿勢が心地よい空間を生み出し人々から支持されている。

ここは美術館なのか公園なのかアートセンターなのか。

運営側ではそのようなことは考えていない。
そんな分類など全く意味をなさない、ここはアルテ独自の空間なのだからそれでいい。
それだけなのだろう。

美唄でなぜそれができたのか。
それは炭鉱があったころからの豊かな富とそこから生み出された文化があったから。
その美唄の精神性を抜きには語れないであろう。

d0246751_21432660.jpg

(撮影:國生隆司)

d0246751_21442144.jpg

(撮影:杉崎英利)

ここにあるのは“美唄の心”でした。

終わり

(記事:奥井みさき)
[PR]
by oyoyosapporoart | 2012-08-24 21:45 | レクチャー

2年ぶりのOYOYOツアー in 美唄 … 前編

かつて日本の産業を支えた石炭。
空知地方は日本を代表する炭田で、かつては数多くの炭鉱がありました。
今でも多くの炭鉱の痕跡が残されており、多くの人を惹きつけています。

そこでOYOYOではその代表的産地であった美唄市の炭鉱遺産と、
アルテピアッツァ美唄を巡る日帰りツアーを企画しました。

OYOYOには8月18日9時に集合。
当日は10名の参加者があり、3台の車に分乗して出発。

まずは「美唄市郷土史料館」を見学。
入館料は団体扱いで通常200円のところ140円。

d0246751_21222212.jpg

(撮影:國生隆司)

ここは昭和56年に開設され、開拓以来の歴史を中心に展示されています。
一番目に付くのはやはり炭鉱関連の展示。

たぬき堀から近代の機械で大がかりに掘る方法までの変遷をまとめており、
坑内を知ることができない今となっては貴重な展示でしょう。

d0246751_21244739.jpg

(撮影:杉崎英利)

この後は旧美唄鉄道の跡を辿って山間部に入っていきます。

「旧東明駅舎と4110型SL」は美唄鉄道廃止から40年も経っているとは思えない、
非常に良好な保存状況。

d0246751_21274760.jpg

d0246751_21283249.jpg

d0246751_2130917.jpg

(撮影:國生隆司)

「三菱美唄記念館」は三菱美唄炭鉱閉山後に三菱が建て、市に寄贈した施設。

d0246751_21304368.jpg

(撮影:杉崎英利)

目を惹くのが美唄が炭鉱華やかりし頃の市内の様子。
写真、地図、ジオラマその他の資料によって鮮やかに見せてくれます。

それから「炭鉱メモリアル森林公園」へ。

d0246751_21323395.jpg

d0246751_2133694.jpg

d0246751_21332832.jpg

(撮影:國生隆司)

「三菱美唄炭鉱立坑巻揚櫓」、「開閉所」、「原炭ポケット」が聳えています。

昔はここに巨大な炭鉱施設と鉄道施設があり、
そしてたくさんの人が住んでいたのですが今はただの無人の原野となっています。

ちなみにお昼ご飯は「しらかば茶屋」の「とりめし」をいただきました。
非常に美味、でした。

後編に続く

(記事:奥井みさき)
[PR]
by oyoyosapporoart | 2012-08-24 21:34 | レクチャー

公開講座 渡辺保史先生「妄想を構想につなぐ―SF・都市・デザイン」

d0246751_836511.jpg 4月17日(火曜日)の部会は、渡辺保史先生(東海大学国際文化学部デザイン文化学科 客員教授)を講師にお迎えし、「妄想を構想につなぐ―SF・都市・デザイン」と題してお話いただきました。渡辺先生は、情報デザイン、科学技術コミュニケーションの専門家です。今回は、渡辺先生の仕事の根底に流れ続けていた「未来を可視化したい」という思いを縦糸に、先生が幼少期からどっぷりと浸かってきたというSF的表現の影響や、現実の都市風景や実践にどんな可能性と課題を読み取っているのか、これから先、何をどうやって可視化してみたいのかを、お話しいただきました。
 お話の始まりは、渡辺少年が愛読していた「少年マガジン」のグラビアが、如何に当時輝いていたか、と言う実例から。夢の都市交通や宇宙旅行、スマートで便利な生活が、荒唐無稽な空想であると同時に、当時の憧れの生活イメージでもあったんですね。そのビジュアルイラストを描いていた大伴昌司さんの仕事も紹介されました。
 続いて、梅棹忠夫の「人類の未来」、大阪万博、小松左京の「終末の日」などの流れを辿り、科学技術への素朴な信頼と憧憬が、「どうも違うんじゃないか」という流れになる辺りを説明いただきました。「2001年宇宙の旅」のチラシポスター(某大手航空会社やホテルのロゴ入りだった)、NASAの公式イラストレーターだった故ロバート・マッコールの未来絵図がいかに魅力的だったか、SFのビジュアルマガジンとして創刊された「スターログ」の思い出や掲載内容、リドリー・スコット監督のアップル社のコマーシャル「1984」(参考)のイメージや、名作「ブレードランナー」(1982年)、ディストピアとして描かれ始める未来、メタボリズムの未来都市展などのイメージを紹介いただきました。
 SFの歴史のおさらいは、同時にメディアの歴史でもあり、それらの願望がどういう風に生み出されてきたのか、「あったらいいのに」がどう実現されていったのか、その歴史でもあったのですね。
 続いてお話は、映画「日本沈没」などを挟みながら、1980年代のサイバーパンクへ。デビッド・フィンチャー監督による日本コカ・コーラのCM(1993年頃?)や、アニメ『攻殻機動隊』(こうかくきどうたい)のテレビ版の世界観への変遷を紹介していただきました。
 そして現代。内戦が続くサラエボで、美食ガイドミシュランを模して編集された「サラエボ旅行案内―史上初の戦場都市ガイド」が紹介されました。極限からの機知とユーモアが、逆に人間の尊厳を問いかけて来るようです。
 そして最後に現在の日本における未来地図。2004年の人口ピークを超えて、2050年には人口に占める高齢化比率が約40%にもなるとのこと(参照)。
 SFは参加型の文化で、ある意味プロとアマチュアの区別がない部分も。今後は参加型文明の時代では、というお話しになりました。例として紹介されたのが、1981年に開催された第20回日本SF大会(DAICON3)のオープニング上映作品のお話しを。当時はアマチュアだった現ガイナックスの庵野氏らが製作に携わっていたそうです(参考)。
 そして前田建設ファンタジー営業部の紹介。「ファンタジー営業部」とは、アニメ、マンガ、ゲームといった空想世界に存在する、特徴ある建造物を同社が本当に受注し現状の技術および材料で建設するとしたらどうなるか、について工期、工費を含め原則月一回の連載形式で公開するコンテンツだそうです。
 渡辺先生のSFへの深い愛情の一端を、共有させていただいた夕べでした。先生、ありがとうございました。


【講座の開催案内】

未来という言葉の価値が暴落してしまった現在。
それでも、ぼくらは未来という言葉に一縷の望みをつなぎたい―
―そんな気持ちで、昨年の震災直後に「2050年委員会」というプロジェクトを
着想し、自分たち事として未来を捉えるための種まき活動を仕掛けています。
これまでぼくは、情報デザインやコミュニティデザインをめぐる執筆・編集や
研究・教育に関わってきましたが、
そうした仕事の根底にあったのが、
まさに「未来を可視化したい」という想いだったのです。
今回のレクチャーでは、ぼく自身が幼少期からどっぷりと浸かってきたSF的表現の
どこにどう影響を受けたのか、
現実の都市風景や実践にどんな可能性と課題を読み取っているのか、
これから先、何をどうやって可視化してみたいのかを、
勝手気ままに語ってみたいと思います
ふだん、大学の講義などではまず言及しないような、
極私的で偏愛にみちたSF・都市・デザイン論を試みます。
ぜひ一緒に、妄想と構想をつなぐ議論を楽しみましょう! (渡辺保史)

◎主なトピックス
 ・SF的心理地理学(サイコジオグラフィ)の試み
 ・ハッキング/スクウォッティングが先導した参加型文明
 ・「札幌CGM都市宣言」の行く末をデザインする


【講師プロフィール】
渡辺保史(わたなべ・やすし)
1965年北海道函館市生まれ。大学卒業後、情報通信業界紙の記者をへてフリーランスの文筆家/構想家として活動。活動分野は、情報デザイン、ワークショップ、科学技術コミュニケーション。2008年より北海道大学CoSTEPや地球環境科学研究院で実践教育や社会連携のプロジェクトに携わり、2012年4月より東海大学デザイン文化学科客員教授。ほかに札幌オオドオリ大学のコアメンバー、北海道経済産業局などによるコワーキング支援組織のコーディネーター、サイエンス・サポート函館実行委員も務める。著書に『情報デザイン入門 インターネット時代の表現術』(平凡社新書)、『自分たち事のデザイン(仮)』(平凡社・近刊)など。
Twitterアカウント:@nextdesign
Facebook:http://facebook.com/yaswtnb/

[PR]
by oyoyosapporoart | 2012-04-27 17:08 | レクチャー

公開講座 ブラサトルさんの「札幌市電唱歌」で都心・山鼻の歴史散歩!

d0246751_922128.jpg 3月13日の部会は、 ブログ「ブラサトル」で、古い地図や写真、各地の看板や地名、道、鉄道が語りかけてくる言葉を、分かりやすく楽しく読み解き発信されている和田 哲(わだ・さとる)さんを講師にお迎えして「札幌市電唱歌」と題して、お話いただきました。

「鉄道唱歌」なら知ってるけど、「札幌市電唱歌」ってあった? と思われる方も多いでしょう。
その通りです。 これは和田さんが、こよなく愛する札幌市電に捧げたオリジナルの唱歌です。
以下、和田さんご自身による今回の講座の紹介文です。

100万都市・札幌で、いま最も熱い乗り物といえば「市電」。
かつては全面廃止さえ検討されたこともありましたが、
環境や人へのやさしさなどが見直され、
ついに、路線延伸と新車両の導入が決定しました。

私は、明治時代に作られた日本一長い歌、
「汽笛一声新橋を」の出だしで有名な「鉄道唱歌」になぞらえ、
札幌市電沿線の風景や歴史をまとめた「札幌市電唱歌」を作りました。

現在、市電が走るのは、札幌でも旧市街中の旧市街といわれるエリア。
札幌の成り立ちが凝縮されています。
古いものと新しいものとが混在する不思議な風景の中を、
「札幌市電唱歌」と一緒に散歩しながら、街の歴史を楽しく語り合いましょう。


当日は、和田さん作詞による「札幌市電唱歌」が美しい冊子となって参加者全員に配られました。
中を開くと、札幌市電路線図の見開きと、
本文は西4丁目駅から順に巡って、最終すすきの駅まで、全38編。
それぞれの駅や付近の歴史や地域の特徴が、4行の詩にまとめられています。
詳細な内容は、ブログ「ブラサトル」に紹介がありますので、そちらをご覧になってください。

札幌の観光ガイドでこのまま売り出したら、名所土産に大人気になるのではないかと思われる素晴らしいテイストのテキストです。
OYOYOにも若干、残部をいただきましたので、置いてあります。(先着順のため在庫切れご容赦)

お話は、札幌の開拓の歴史となぜ現在のような交通網が整備されるに到ったか、から始まり、
札幌市電の登場までを、豊富な資料で語り、それから各市電のお話へ。

 和田哲作 札幌市電唱歌第1番 【西4丁目】
   4プラ前の十字街
   雨音消えて 雪となり
   西四丁目の電停で
   乗り込む電車の暖かさ


和田さんは既にsapporo6hほかで知られたプレゼンの名手ですが、「札幌市電唱歌」の詩篇すべてに流れる、札幌への深い愛情と詩情は、スライドが進むにつれて、会場全体をヒタヒタと覆い尽くし、全員が同じ波に飲まれたかのよう。

かつて中央図書館の近くに北海道教育大学があって、市電は学生で賑わっていたこと、
札幌に天皇陛下「お声がかりの柏の木」というものがあること、
行啓通りがなぜ現在の位置に開かれて、その命名となったのか、ということ
札幌人にはおなじみの、ススキノ交差点のニッカの髭のおじさん(ローリー卿)の看板は、既に3代目であることなど、
住んでいながら、知らなかった足元の歴史を、楽しく共有させてくれました。

講義の2時間は、あっという間に過ぎ去り、名ガイドに導かれての濃密な歴史と地理旅行の余韻が、心地よい高揚感となって、講義終了後の会場全体が、楽しく賑わう形に。

最後の質疑応答後も、和田さんを囲む人の波は途絶えず、和田さんが実際に持参して下さった大正時代の札幌の古地図を巡って、長いこと来場者とのお話が続きました。
社会人の来場者が大半だったのですが、まるで放課後の相談をする男子会のノリのよう。

和田さん、素晴らしいお話、本当にありがとうございました。

この冊子は、ゆくゆく和田さんの監修で札幌市の観光ガイドとして発行される日が来るような、もしくはその原型となるような、そんな気がします。


※ 和田さんのブログ「ブラサトル」  http://burasatoru.cocolog-nifty.com/blog/

※ 蛇 足 : 札幌市中央区のホームページの「市電倶楽部」
        http://www.city.sapporo.jp/chuo/shiden/index.html
        札幌市中央区のホームページの「市電倶楽部市電の歴史」(動画配信中)
        http://www.city.sapporo.jp/chuo/shiden/movie.html 
[PR]
by oyoyosapporoart | 2012-03-21 08:45 | レクチャー

公開講座「アートが社会を変える:医療現場の建築と芸術」

d0246751_222932.jpg 2月21日の部会は、札幌の美術史家 ブルース・ダーリング先生(Bruce DARLING Ph.D. アートミーツケア学会理事)を講師にお迎えして、一般公開講座を開催しました。

会場には、札幌の建築家、ギャラリー関係者、美術作家など、アートと医療と建築に関心を持つ大勢のお客様がいらして下さいました。

ブルース先生は、ロチェスター大学、早稲田大学、、ミシガン大学等を修了、
九州保険福祉大学教授ほか、延岡市景観都市審議会委員などを歴任され、
ウィリアム・モリスの業績についてや、シルクロード学研究のお仕事もあります。

ダーリング先生のお話は、映画「パッチ・アダムス」で有名なクリニクラウン(臨床道化師)の紹介から始まりました。
クリニクラウンは、入院生活を送る子どもの病室を定期的に訪問し、遊びや関わり(コミュニケーション)を通して、子どもたちの成長をサポートし、笑顔を育む道化師のこと。
日本でも、九州医科大学ほか実践例があるそうです。

そして、お話は、先生がスウェーデンのヴィーダル・クリニーケン病院を訪問された時のことへ。
  ヴィーダル・クリニーケン病院
  http://www.vidarkliniken.org/

  ※ 参考資料 「スウェーデン見聞録、私がシュタイナー病院で学んだこと」 服部友香
    『体験医療マガジン Lattice』(2002年1月1日) vol.1号 掲載
    http://namajohogehoge.heteml.jp/backnumber/vol1.html

この病院は、スウェーデン・ストックホルム市から約50kmのヤーナ市にあります。
北欧で唯一、ルドルフ・シュタイナーの人知学医学に基づく病院で、 アートとデザインで患者さんの心と身体の均衡を取り戻す手助けをしているそう。

建物の構造自体も、木材を豊富に使い、曲線やカーブを取り入れて作られた美しい空間です。

人智学医療には、薬剤などを中心としたものと、「芸術治療」とがあるそう。
なじみのない言葉ですが、芸術治療には、
オイリュトミー(舞踊)や音楽、絵画、線描、彫塑などがあり、先生は訪問時のスライド写真を投影しながら次々に、その意図や効果について説明して下さいました。

建築がそこに住まう人の心身の状態に深く関わっていること、深く納得させられました。

お話は続いて日本の事例へ。
日本の病院にアートを導入している事例として、大阪に拠点をおくNPO法人アーツプロジェクトの活動を紹介されました。
  NPO法人アーツプロジェクト
  http://www.arts-project.com/

このNPO法人は、アートの力をもって、病院などの医療環境をより快適な癒しの空間とすることを目的に活動しているそう。
小児がベッドで搬送されていくとき、眼に入るであろう天井に森の絵が描かれていたり、
廊下の壁に池や緑の絵が描かれているなど、スライドで幾つも事例を見せていただきました。
アーティストの協力を得たり、芸術大学と協働したりして、作業を行ってきたそうです。

来場者は、それぞれメモをとったりしながら、熱心にお話に聞き入っていました。

最後に質疑応答の時間がもたれ、それでも聞き足りない方々が、講座終了後もダーリング先生と話しこむ姿が。

ダーリング先生、ご来場の皆様、本当にありがとうございました。


※ ご参考
 ブルース先生の論文 「癒しの建築の可能性 : ヴィダール・クリニーケンを事例として」 などは
 CiNii論文検索のサイトで、PDFファイルで読めます。
 
[PR]
by oyoyosapporoart | 2012-03-11 18:49 | レクチャー

11月のOYOYOゼミ~電子書籍~

12月も半ばを過ぎ、慌ただしい気持ちになっている今日この頃ですが、今回は時間を
少し遡りまして、去る11月1日に開催しました「電子書籍について」のレクチャーに
ついて、書きたいと思います。

お話をしてくださったのは、㈱流研の松尾一朗さんです。
㈱流研さんでは、印刷・WEB関係の2社とともに、電子書籍の配信・出版サービスの
Dopub(ドゥーパブ)を運営されています。

さて「電子書籍」って、どんな印象・知識がありますか?

そう聞かれた参加者は、耳にはするけど自分では利用したことはない…、たまに「青空文
庫」(著作権切れの作品を集めている)で読むくらい。それぞれではありますが、全体と
しては積極的に電子書籍での読書等をしている人は、まだあまりいない印象です。

自分はどうかしらと考えると、まだ利用したことはないし、今後積極的に使う気も今の
ところはないかな~というのが正直なところです。
個人的な思いとしては、本は手に取れることが絶対大切な要素だから。
本棚の中で、机の上で、世界を全部包み込んで、そこにあること。
その思いは、今後も変わることはないかなと思います。

とはいえ、ミーハー気質な私は、最近よく目にしたあのCMが気になっていたりして…。
「私たちは思い出を分かち合うことや、本を読みふけることを止めない~しかし、その
 方法はもはや同じではない。」を見て以来、違う方法で本を読むということが、こっそり
気になったいたりもします。(きっと、そういう人は他にもいるはず!)

それにしても、紙の本が電子書籍に取って代わられるように言われて久しいですが、
実際にはまだそういう現実は訪れていない気がします。

松尾さん曰く、「電子書籍」元年と言われた時が過去に2度程あったようですが、いわゆる
ブレイクには至らなかったようです。
理由として考えられるのが日本語の難しさ。縦書き・横書きの混在。ひら仮名・カタカナ
や漢字など、文字の種類の多さや、漢字にはルビが付くという問題などなど。
また端末機や著作権のことなど、クリアしてない問題がいろいろあるようです。

さて、Dopubさんが取り扱っている電子書籍の特徴は、北海道に関連するコンテンツ
を集めていること。いただいたリーフレットにはコンサドーレ札幌(祝!J1昇格)のプ
ログラムやファンクラブ通信・他にも青少年科学館やこどもの劇場などの広報誌なども
扱っているようです。

そして、もう一つの特徴が電子書籍での自費出版に力を入れていること。
参加者の興味を引いたのは、特にそちらのようでした。
OYOYOには自ら表現する者も多いですし、友人・知人にクリエイターがいるという
人もたくさんいますから。
その為か、後半は、どういった物を作っていったら面白いか、どんな風に展開していけば
良いかなどの話題や質問で盛り上がりました。

そして、OYOYOも本には思い入れがあります。
思い起こせば、初期には各部の部活動をまとめたOYOYO本を発行し、昨年の秋には
OYOYO美術部主催で「本日の本 コトコト煮」という、本を切り口した展覧会を開催
しました。そして、そんなOYOYOとしましては、また新しいものを作りたいな~と
いう密かな野望がなくもなく…。
とは言え、本を作るのは大変なこと。
どんな風に発表するかと考えたとき、実現可能な方法として、電子書籍というのはありで
はないかと。せっかくの縁です。やってみなければ、実際のところ電子書籍の何が良くて、
何が改善の余地ありなのかわからないし。
というわけで、レクチャーから1カ月経った12月現在、OYOYOゼミのメンバーは、
実は電子書籍の為の原稿にチャレンジして四苦八苦しているところなのです。

どんな書籍ができあがるのか、乞うご期待!

今回、レクチャーを担当してくださった、㈱流研の松尾さん、ありがとうございました。
そして、これからもよろしくお願いいたします。


これを読んで、電子書籍による読書や自主出版が気になった方・興味が出た方は、是非
Dopubさんのサイトにアクセスしてみて下さいませ。

Dopub http://dopub.jp/

以上、こうしてブログを書きながらも、「いつ原稿書きあげられるかな、自分…」と、
思わず遠い目になってしまいそうな部員Nがお送りしました。
[PR]
by oyoyosapporoart | 2011-12-12 16:58 | レクチャー

地図のみかた

はたまた時系列が前後しますが、10月18日の活動はフリーライター奥井みさき氏による
地図の見方(味方?)レクチャーでございました。

基本、地名というものは、その地の歴史や特徴を示しているものです。

ハザードマップ↓
d0246751_21306100.jpg

ぁ、赤い!?

船地図↓
d0246751_2131651.jpg

かわいい、ポップな地図です。

全国地図インデックス↓
d0246751_21314385.jpg

やっぱり、ほっかいどーはでっかいどー。

鉄道地図↓
d0246751_2133861.jpg

いろんな種類の地図。

d0246751_21342783.jpg



いま、OYOYOでは地図について熱いみたいです。
以前にも書きましたが、各個人オリジナル地図を制作する模様です。
皆さん、どんな地図を製作してくれるのでしょう?

多分、全員内容が被らないと思います。(経験上)

以上、ナマケモノMがお送り致しました。
[PR]
by oyoyosapporoart | 2011-11-07 21:38 | レクチャー

OYOYOゼミ 絵とことばと物語を繋ぐもの ~背景から見る昔話絵本『かさじぞう』~

d0246751_8554534.jpg 10月25日の部会は、一般公開の絵本ゼミを行いました。
「昔話は誰が作った? どこで生まれた? 
 本当はどんな話?? 
 昔話を絵本にするってどんなこと? 
 ・・・昔話にはたくさんの秘密があります。
 今回、昔話絵本『かさじぞう』の絵、ことば、物語の背景を探ることで絵本の秘密にせまります。
 また研究としての”絵本”や、絵本研究の現在にも触れていきます」という企画。
 
講師は、OYOYOの美術部員と御縁があった北大の若手研究者と、
市内各地で朗読活動をしている方です。
・講 師 : 大石 都希子 =写真左=
    (北海道大学大学院 国際広報メディア・観光学院
・朗 読 :氏間 多伊子 =写真右=
    (NPO法人 日本朗読人協会、
     六花文庫ぐるーぷ・声の本棚、
     ドラマチックリーディンググループ「蔵」)

大石さんの研究のメインとなるのは、
瀬田貞二著、赤羽末吉画の「かさじぞう」(福音館書店、1966年)=右画像=です。
日本の絵本画界の重鎮、赤羽画伯ですが、この本がデビュー作だったそう。
リアルな写実ではなく、「リアルな心象風景」という描画上の技法が誕生する経緯を、
江戸時代の浮世絵までさかのぼって紹介。
マルチジャンル談話分析という手法で「かさじぞう」を読み解いてくださいました。
さらには、「かさじぞう」に見られる音韻の特徴や、聞き手への印象など
豊富なスライド資料で具体的に説明して。

また、氏間さんの朗読が底光りするような迫力です。
最初に大石さんの講演の中で「かさじぞう」を読み語ります。
絵本をスライド投影しながら朗読していただき、
地の文、おじいさんやおばあさんのセリフ、お地蔵さんのこの世の外からのような声、など、
読み進むに連れて、場面が次々と立ち上がります。

その後、氏間さんが、金子みすゞの詩5編を朗読。
※ 「こだまでしょうか」「お魚」「大漁」「私と小鳥と鈴と」「星とたんぽぽ」

「こだまでしょうか」は、3.11の震災で、テレビからコマーシャルが一斉に消えた時期、
繰り返し流れていたACジャパン(旧・公共広告機構)のCMで
「『遊ぼう』っていうと 『遊ぼう』っていう。(中略)
『ごめんね』っていうと 『ごめんね』っていう。
こだまでしょうか、いいえ、誰でも。」のあの詩です。
氏間さんが当日配布してくれた資料によると、
金子みすゞは、大正時代末期から昭和時代初期にかけて活躍した童謡詩人だそう。
朗読は、詩ごとに、声の表情を変え、着物姿が凛として艶やかでした。
会場一堂、息をのんで聞き入りました。

この日は、大石さんの研究のお友達や、アート関係の先生など、
外部からも多数ご参加いただいていて、
最後の質疑応答では、会場全体から沢山の質問が出ました。

氏間さんが、大石さんの研究調査に協力して
オーダーとともに「かさじぞう」を幾度も読み分けた例なども紹介されました。

最近では、絵本は、かつてのような「子ども向け」ばかりでなく、
大人へもアートブックとして、
ファンタジーでなければ描けない「真実」へアプローチする表現方法として
改めて評価されてきているそうです。

大石さん、氏間さん、レクチャーありがとうございました。
[PR]
by oyoyosapporoart | 2011-11-04 20:00 | レクチャー

札幌・道内まち歩き計画

時系列が前後しますが、9月20日は部員・310703さんによる
札幌市内、道内おもしろスポット街歩き案内
のレクチャーでした。

310703さんはとてもフットワークの軽い方です。
いろんな穴場、名所を紹介してもらいました。

すごい完成度の高い手作り地図を共に。

d0246751_1685549.jpg

手稲・小樽界隈ヴァージョン

d0246751_16111699.jpg

琴似・円山界隈ヴァージョン

d0246751_16121841.jpg

札幌近郊・道外ヴァージョン
(※脱・原発のご時世であえて泊村観光ルート)

この地図を片手にお散歩したくなります。
観光地に行ったら駅でこんな感じの地図、ありそうですね。

このレクチャーを機にOYOYOでは
「みんなで何かの地図を作ろう!!」
の企画が上がりました。

何かって何でしょう?
なんでも良いらしいです。
妄想地図でも良いらしいです。(←マジで)
ワタクシ個人としては妄想で逝こうかと思います……

12月6日にそれぞれ各自発表することになりました。
おいおいこのブログで詳しく内容を報告したいと思います。

久しぶりに相変わらず文章力の無いポンチ・Mがお送り致しました。
[PR]
by oyoyosapporoart | 2011-10-24 16:21 | レクチャー

路上の楽しい歩き方:「マンホールなどの鉄蓋」鑑賞/観察案内

d0246751_18472514.jpg 10月11日の部会は、一般公開の鉄蓋レクチャー講座でした。
 岩見沢市を主なフィールドに、マンホール等の鉄蓋・煉瓦や石積みの倉庫、灯油タンクなどの路上観察をされている谷中章浩(やなか・あきひろ)さんを講師に迎え、「路上の楽しい歩き方:「マンホールなどの鉄蓋」鑑賞/観察案内」と題して、鉄蓋(マンホールその他)について、豊富なスライド資料とともに、お話いただきました。

毎日歩いている路上のマンホールや止水栓蓋など、日頃全く意識されることがない「鉄蓋」ですが、お話とともに、そこに潜む素晴らしい世界が見え始めました。

路上観察というジャンル、トマソン(不動産に付属・保存されている無用の長物)の岩見沢事例から始まって、いよいよお話は鉄蓋に。マンホール、止水栓など鉄蓋の種類、デザイン、サイズ、素材等の紹介に続き、谷中さんは「アート」 「歴史・郷土史」 「コレクション」という三角形の図を示し、鉄蓋の魅力を詳しく分析していきます。

路上のアート作品としか言いようのない美麗な鉄蓋の数々、
市町村合併などにより消えた町のシンボル図が残された貴重な鉄蓋、
そこから推測される製造年代、
ただの幾何学模様としか見えない図柄に
北海道の「北」の文字デザインが共通して潜んでいるなど、面白い話は尽きません。

一見どれも同じに見えていたマンホールには、地域ごと、自治体ごと、種類ごとに様々な違いがありました。
正に、谷中さんがご自身のサイトで「そのメッセージを読み解くことができる人に対しては、鉄蓋は朴訥と、しかししっかりした言葉で語ってくれるのです」と語っておられる通りでした。(「鉄蓋」の魅力についてより)

最初に示された「アート」「歴史・郷土史」「コレクション」という三角形を基本図をベースに、
「絵に込められた意味」 「近代化遺産としての鉄蓋の保存・継承」 「デザインの分析・体系化」 という逆三角形を重ねた六角形のスライドが登場し、鉄蓋の楽しみ方応用編が紹介されました。

切手でよくズレ印刷や誤植がありますが、
鉄蓋にも、左右逆刻印のものや、「札」の字に余分な一角のある不思議な誤字?の紹介も。

一つ一つを見ていても意味が分からなくても、
ある程度の量が集まった時に、全体から意味が浮かんでくることや、
長いこと疑問だった図柄が、全く別の角度から意味が判明したエピソードなど
谷中さんの観察と研究の醍醐味の一端を、聞かせていただきました。

近代以降に普及した「鉄蓋」ですが、その研究や写真集などが既に沢山あるそうです。
谷中さんは、会場に自身が集めて来られた参考資料を展示してくれました。
 歴史的に貴重な、大正時代のマンホールの設計図(東京市型模様の青焼き)のコピー、
 鉄蓋写真集の古典、林丈二氏の「マンホールのふた―写真集」(1984年、日本編)=書籍情報=、
 同じく林丈二氏著「マンホールの蓋 ヨーロッパ篇 」(1986年)=書籍情報=、
 そして何とマンホールメーカーの製品カタログまで。
 そのほか、谷中さんが路上でこすりとったという鉄蓋フロッタージュ、
 マンガに出てくる名古屋市型模様・中部電力の蓋の図柄、
 廃棄されていたという止水栓の鉄蓋の実物まで。

現在、鉄蓋研究の方々は世界各地にいるそうで
日本全国のマンホール蓋を位置情報込みで地図上にまとめたサイトもあるそうです。
  「マンホールマップ」 http://manholemap.juge.me/
  ツイッターのハッシュタグ#manhotalkで活動中。

数々の歴史と地域性、そして芸術性を兼ね備えた鉄蓋ですが、残念ながら、消耗品として、日々消えていく運命にあります。

谷中さんは、「鉄蓋の観察について、単なるコレクターとしての趣味だけに終わらない、
いうなれば博物館的な収集保存・調査研究・教育普及の3つの柱を持つ学術的な分野として、
また工業デザインの安全性・堅牢性と人の目に触れる意味での審美性を兼ね備えるアートとして、
真剣に取り組んでいきたいと考えています」とおっしゃっています(谷中さんのブログ)

講座の最後に、OYOYO近くの路上で撮られたという鉄蓋も紹介され=右写真一番下=、
是非一度、「実際に路上観察ツアーをしたいね」と、参加メンバーから声があがりました。


【講師紹介】 谷中章浩さん(a.k.a. Sergey Yanapongski)
    サイト 「街を読む」  https://sites.google.com/site/machiyomi/
    ブログ http://yanapong.blogspot.com/
    
    谷中さんブログのOYOYOレクチャーレポート記事 
[PR]
by oyoyosapporoart | 2011-10-15 08:58 | レクチャー