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札幌・道内まち歩き計画

時系列が前後しますが、9月20日は部員・310703さんによる
札幌市内、道内おもしろスポット街歩き案内
のレクチャーでした。

310703さんはとてもフットワークの軽い方です。
いろんな穴場、名所を紹介してもらいました。

すごい完成度の高い手作り地図を共に。

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手稲・小樽界隈ヴァージョン

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琴似・円山界隈ヴァージョン

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札幌近郊・道外ヴァージョン
(※脱・原発のご時世であえて泊村観光ルート)

この地図を片手にお散歩したくなります。
観光地に行ったら駅でこんな感じの地図、ありそうですね。

このレクチャーを機にOYOYOでは
「みんなで何かの地図を作ろう!!」
の企画が上がりました。

何かって何でしょう?
なんでも良いらしいです。
妄想地図でも良いらしいです。(←マジで)
ワタクシ個人としては妄想で逝こうかと思います……

12月6日にそれぞれ各自発表することになりました。
おいおいこのブログで詳しく内容を報告したいと思います。

久しぶりに相変わらず文章力の無いポンチ・Mがお送り致しました。
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by oyoyosapporoart | 2011-10-24 16:21 | レクチャー

路上の楽しい歩き方:「マンホールなどの鉄蓋」鑑賞/観察案内

d0246751_18472514.jpg 10月11日の部会は、一般公開の鉄蓋レクチャー講座でした。
 岩見沢市を主なフィールドに、マンホール等の鉄蓋・煉瓦や石積みの倉庫、灯油タンクなどの路上観察をされている谷中章浩(やなか・あきひろ)さんを講師に迎え、「路上の楽しい歩き方:「マンホールなどの鉄蓋」鑑賞/観察案内」と題して、鉄蓋(マンホールその他)について、豊富なスライド資料とともに、お話いただきました。

毎日歩いている路上のマンホールや止水栓蓋など、日頃全く意識されることがない「鉄蓋」ですが、お話とともに、そこに潜む素晴らしい世界が見え始めました。

路上観察というジャンル、トマソン(不動産に付属・保存されている無用の長物)の岩見沢事例から始まって、いよいよお話は鉄蓋に。マンホール、止水栓など鉄蓋の種類、デザイン、サイズ、素材等の紹介に続き、谷中さんは「アート」 「歴史・郷土史」 「コレクション」という三角形の図を示し、鉄蓋の魅力を詳しく分析していきます。

路上のアート作品としか言いようのない美麗な鉄蓋の数々、
市町村合併などにより消えた町のシンボル図が残された貴重な鉄蓋、
そこから推測される製造年代、
ただの幾何学模様としか見えない図柄に
北海道の「北」の文字デザインが共通して潜んでいるなど、面白い話は尽きません。

一見どれも同じに見えていたマンホールには、地域ごと、自治体ごと、種類ごとに様々な違いがありました。
正に、谷中さんがご自身のサイトで「そのメッセージを読み解くことができる人に対しては、鉄蓋は朴訥と、しかししっかりした言葉で語ってくれるのです」と語っておられる通りでした。(「鉄蓋」の魅力についてより)

最初に示された「アート」「歴史・郷土史」「コレクション」という三角形を基本図をベースに、
「絵に込められた意味」 「近代化遺産としての鉄蓋の保存・継承」 「デザインの分析・体系化」 という逆三角形を重ねた六角形のスライドが登場し、鉄蓋の楽しみ方応用編が紹介されました。

切手でよくズレ印刷や誤植がありますが、
鉄蓋にも、左右逆刻印のものや、「札」の字に余分な一角のある不思議な誤字?の紹介も。

一つ一つを見ていても意味が分からなくても、
ある程度の量が集まった時に、全体から意味が浮かんでくることや、
長いこと疑問だった図柄が、全く別の角度から意味が判明したエピソードなど
谷中さんの観察と研究の醍醐味の一端を、聞かせていただきました。

近代以降に普及した「鉄蓋」ですが、その研究や写真集などが既に沢山あるそうです。
谷中さんは、会場に自身が集めて来られた参考資料を展示してくれました。
 歴史的に貴重な、大正時代のマンホールの設計図(東京市型模様の青焼き)のコピー、
 鉄蓋写真集の古典、林丈二氏の「マンホールのふた―写真集」(1984年、日本編)=書籍情報=、
 同じく林丈二氏著「マンホールの蓋 ヨーロッパ篇 」(1986年)=書籍情報=、
 そして何とマンホールメーカーの製品カタログまで。
 そのほか、谷中さんが路上でこすりとったという鉄蓋フロッタージュ、
 マンガに出てくる名古屋市型模様・中部電力の蓋の図柄、
 廃棄されていたという止水栓の鉄蓋の実物まで。

現在、鉄蓋研究の方々は世界各地にいるそうで
日本全国のマンホール蓋を位置情報込みで地図上にまとめたサイトもあるそうです。
  「マンホールマップ」 http://manholemap.juge.me/
  ツイッターのハッシュタグ#manhotalkで活動中。

数々の歴史と地域性、そして芸術性を兼ね備えた鉄蓋ですが、残念ながら、消耗品として、日々消えていく運命にあります。

谷中さんは、「鉄蓋の観察について、単なるコレクターとしての趣味だけに終わらない、
いうなれば博物館的な収集保存・調査研究・教育普及の3つの柱を持つ学術的な分野として、
また工業デザインの安全性・堅牢性と人の目に触れる意味での審美性を兼ね備えるアートとして、
真剣に取り組んでいきたいと考えています」とおっしゃっています(谷中さんのブログ)

講座の最後に、OYOYO近くの路上で撮られたという鉄蓋も紹介され=右写真一番下=、
是非一度、「実際に路上観察ツアーをしたいね」と、参加メンバーから声があがりました。


【講師紹介】 谷中章浩さん(a.k.a. Sergey Yanapongski)
    サイト 「街を読む」  https://sites.google.com/site/machiyomi/
    ブログ http://yanapong.blogspot.com/
    
    谷中さんブログのOYOYOレクチャーレポート記事 
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by oyoyosapporoart | 2011-10-15 08:58 | レクチャー

震災とアート/表現による回復

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9月27日の部会は、部長の柴田尚さんが「震災とアート/表現による回復」と題して発表しました。

柴田さんは、札幌のアートNPO S-AIR代表でもあり、これまでも国内外のアート団体と連携してお仕事をされていて、
3.11の東日本大震災で被災した東北にも、知り合いのアーティストやプロデューサーが沢山おられるそうです。
この8月15~17日の3日間、柴田さんは被災地のアートプロジェクトめぐりの旅に参加、その報告会となりました。

「今年、日本が経験した震災は、地域の崩壊と復興、原発によるエネルギー資源の問題、国内の格差や国際的な格差など大きな問題を含んでいます。北海道にいるわれわれは、アートの立場からどう捉え、行動すべきか。様々な調査の元、震災に対するプロジェクトプランを考えてみます」  (柴田さん作成の資料より)

見せていただいた復興支援地図、緊急出版されたものですが、
被災前の状況と被災範囲、避難所の位置や主な道路の通行規制箇所を
柴田さんのお話とともに、確認。
被災した地域の広大さ、被害の深刻さが、改めてジワジワ迫ってきます。

福島の和合亮一さんという詩人の方は、
自らも被災し、現場からtwitterで詩篇「詩の礫」を発表し続けたそうです。
http://twitter.com/#!/wago2828それがきっかけとなって、共感するミュージシャン達が集い、プロジェクトFUKUSHIMA!で坂本龍一さんが和合さんの詩の朗読と競演したそうです。

宮城県での宿泊は、気仙沼の風光明媚なリゾートだった「ホテル観洋」
現在は、被災された市民・災害派遣・復旧工事関係者・ボランティア活動の方々の拠点として、ホテルが宿泊に全面協力しているのだそうです。
「今、マチから人が出て行って、子供の学区を移してしまえば、もうその家族は戻ってきてくれなくなります。マチに誰も居ない状態にしたくなかったんです」とホテルの方は語ってくれたそうです。
美しかった以前の写真と、震災後の写真が何よりも雄弁です。

別の場所では、30名近くの同僚を津波で失ったという市職員が被災地を案内してくれ、アーティストの相互交流について意見を尋ねた柴田さんに「ここからアーティストを行かせることより、今はとにかく、ここに来て欲しい」 「自分たちを孤立させないで欲しい」「つながっていたい」 と語ってくれたそうです。

アートの拠点として知られる仙台の「せんだいメディアテーク」
チューブを組み込んだ素晴らしい建築だったそうですが、
 http://www.smt.city.sendai.jp/smt/about/character/
柴田さんが撮ってきた現在の無残な写真、表現する言葉がありません。

それでも、各地でアートプロジェクトが起こり、
ここで起こっていることをしっかり記録しておくこと、
全員が共有することで、「つながっている」こと、
地域の記憶を新たに取り戻すこと、などが試みられていること、
などが報告されました。

【旅程】
 15日 福島 大友良英「プロジェクトFUKUSHIMA!」報告
    http://www.pj-fukushima.jp/news/index.html
    2011年8月15日、福島で、音楽を中心としたフェスティバルを開催。 
    また、これをきっかけに様々なプロジェクトを長期的に展開していきます。
    地震や津波の被害のみならず、解決の見通しの立たない原子力発電所を抱える
    現在の福島では、フェスティバルどころではない、という意見もあるかもしれません。
    それでも、いやそんな時だからこそ、現実とどう向き合うかという視点と方向性を
    人々に示唆する力を秘めている音楽や詩やアートが必要だと、わたしたちは信じて います。

 16日 南三陸 「“生きる”博覧会2011」報告
    http://www.asahi-artfes.net/program/2011/2011-6.html
    津波で一瞬のうちにすべてが消え去った南三陸町。
    人々は、ちりぢりになったその場所から、いつか帰ることを祈りながら
    故郷を、そこにあった暮らしを思う。
    「この町で生きる」ことへの執着を、「きりこ」でつなぐプロジェクト。

17日 仙台 「3がつ11にちをわすれないためにセンター」報告
    http://recorder311.smt.jp/
    ~ 発信はさまざまな支援活動を応援し、記録は未来への財産となるように。 ~
    東日本大震災による甚大な影響に対し、ともに向き合い考え、
    復興への長い道のりを歩きだすために
    「3がつ11にちをわすれないためにセンター」をせんだいメディアテーク2Fに開設しました。
    このセンターでは市民、専門家、スタッフが協働し、
    復旧・復興のプロセスを独自に発信、記録していきます。
    さまざまなメディアの活用を通じ、情報共有、復興推進に努めるとともに、
    収録された映像、写真、音声、テキストなどを「震災復興アーカイブ」として記録保存します。

私の拙い言葉より、それぞれのサイトを見ていただいた方が、よく伝わると思います。

本当に「表現による回復」の試みの数々、アートの持つ可能性を
改めて考えさせられたレクチャーでした。
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by oyoyosapporoart | 2011-10-10 11:06 | レクチャー